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薬物使用×ジェンダー×スティグマ ①:市販薬や処方薬にハームリダクションはどう向き合っているの?

    男性の喫煙者より女性の喫煙者に対する世間のイメージが悪い、そう感じることはないでしょうか。喫煙に限らず、薬物の使用についても似ているところがあります。薬物といっても覚せい剤や大麻に代表される違法薬物だけではありません。市販薬や処方薬も含まれるのですが、あまり知られていないことがあります。

    市販薬や処方薬などを、自己流に使用する人がいます。多くの場合は、用量どおりではなく過剰に摂取するスタイルです。複数のクスリを混ぜたり、お酒といっしょに飲んだりする場合もあります。ルールどおりの使用ではないので、俗に“乱用”と言われる行為です。ただし、違法薬物と違って、そうした使い方で犯罪になることはありません。だから、市販薬や処方薬の場合は、違法薬物みたいな悪いこと(スティグマ)とみなされていない、という切り口で語られることがあります。ここでのスティグマとは、社会の差別や偏見によって悪い人とレッテルを貼られることです。

    違法薬物を使用する人に向けられる強烈なスティグマにより、追い詰められ、深い苦痛を受けている人たちがいます。それに比べたら、市販薬や処方薬をどれだけめちゃくちゃに使ったとしても、犯罪者として悪者扱いされることはない、というのは一理あるように思えるかもしれません。しかしながら、薬物使用に関連するスティグマは多層化しています。そのなかには歴史的に見過ごされてきたものもあります。

    このスティグマは、“悪い人”というレッテルなので、つまり“人”に張り付いて猛威を振るいます。そこで、薬物という物質ではなく、市販薬や処方薬など(個人輸入薬も含まれます)を自己流に使う“人”に着目して考えてみたいと思います。

    国連報告によると、メジャーな違法薬物を使う人の男女比は3:1です。一方で痛み止めや不眠・不安を解消するためのクスリを中心とする医薬品を(自己流に)使用する割合は、女性のほうが高いと指摘されています。国連の規制対象薬物のリストには、向精神薬と総称されるさまざまなクスリが記されています。さらに、ジェンダーと薬物使用障害(ここでは薬物依存症とします)の関連性についても報告しています。何かしら薬物を使い始めると、男性より女性のほうが早く依存症になりやすいのです。その背景にあるのは、差別や偏見・ジェンダーの不平等をはじめとする数々の社会的な要因です。

    社会的な要因の例として、男性からハラスメントを受けているのに、被害を受けたのはその女性自身の行動も悪いから、と周囲から軽んじられ、クスリで乗り切ろうとすることとか、女性なのにクスリにはまってるなんてふしだらだ、という風潮があるからSOSを出せないとか、クスリのことで意を決してサポートを受けようと思っても、地域にあるものは利用者もスタッフもほとんど男性ばかりで馴染めないとか、そうした現実があります。このなかの周囲・風潮・地域は社会を意味するものです。女性であることでより悪いとみなしたり、貶めたりする、ジェンダーに関連するこうしたスティグマによって、声を上げようとする力は奪われます。その社会では、ジェンダーの不平等が理解されにくく、十分な支援が行き届きません。このような背景が、薬物依存症への加速度を高めやすくするのです。

    つまり、薬物使用がある人たちの集団でみると、男性の方がより違法の薬物を使う傾向があり、女性のほうが市販薬や処方薬を使う傾向が高く、社会的なスティグマなどの影響で、早く薬物依存症になりやすい、ということになります。

    日本には「麻薬及び向精神薬取締法」があり、ヘロインなどの麻薬と同じこの法律で、向精神薬に対するいくつかの規制が設けられています。向精神薬は、その使用が罪にならなくても、薬物として取り扱われる物質なのです。直近のジェンダーギャップ指数が156カ国中120位の日本で、薬物を使用する女性へのスティグマが強いことは十分に想像できるものでしょう。女性が使用する薬物の傾向として、市販薬や処方薬が選択されることは、よくあると考えられます。例えば、ハームリダクション東京のチャットにつながる人たちのなかに、市販薬や処方薬を使う女性はとても多くいます。それらのクスリの(自己流の)使用に関して、「絶対にばれてはいけないと思っていた」、「話していいと思わなかった」、そういった内容の声が日々寄せられます。そこにジェンダーに関連したり、薬物を使用する人に向けられたりする多層化したスティグマが、ありありと見えてきます。

    薬物使用者の健康や人権を重視した薬物政策が発展することを目指す、国際的な活動があります。ハームリダクションの主たる活動の一つです。そのなかで、ジェンダーに関連するスティグマに立ち向かう活動が近年ますます活発になっています。例えば、ジェンダーに基づく暴力の防止・取締りの強化、薬物使用がある女性への支援や治療のアクセス向上などです。ハームリダクションが広がり始めた1990年代には、こうした視点はなかなか育ちにくかったでしょう。じつはすでにその時代に女性たちは、(当時の)市販薬や処方薬を自己流に使用していたと言われています。とはいえ、その頃にクスリを使う女性たちが連帯して、仲間のために活動する、声をあげるということがいかに難しかったかということは、容易に想像できます。

    それから何年も経過して、ジェンダー視点が見過ごされてきたことが省察されるようになりました。女性の薬物使用当事者たちが中心になって、そして女性という当事者性を持たない人たちも一緒になって、声をあげるようになりました。多様なジェンダーやセクシャリティに基づく活動が展開されています。いまやハームリダクションにおいては、薬物政策にジェンダー平等を求めるアドボカシーは不可欠な事項となっています。それ無しで、健康や人権を重視した薬物政策は成立し得ないのです。

    薬物使用がある人に向けられる、さまざまなスティグマがあります。そのなかに薬物の違法性に関係するものもあれば、ジェンダーに関係するものもあります。スティグマは本人だけではなくその周囲にいる人にも影響を及ぼします。ここではジェンダーのある側面に焦点を当てていますが、だからといって他のスティグマを軽視したり排除したりするものではありません。多層化するスティグマがあることを学び認識を深めるなかで、あらゆるスティグマの解消を目指すために協働することを、ハームリダクションは教えてくれます。薬物使用におけるジェンダーに関連するスティグマについて学び続けながら、ハームリダクション東京としていまできることに、粛々と取り組んでいきたいです。