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当事者たちが尊重される場所はこんなところ:国際ハームリダクション学会参加報告(番外編)

    HR23 photo by Harm Reduction Tokyo

    先日の学会参加報告の番外編として、この学会がどんな感じなのか、どんな人たちが参加していて、どんなことが話されているのか、そういったことを、これまで参加してきた経験や学びをもとに、今回はご紹介したいです。海外での開催ですし、言語は日本語じゃないし、さらに参加登録費も安くないけれど、それでも少しでも多くの人が参加してみたい、そんなふうに思ってもらえたら嬉しいです。

    中心にいるのは“当事者”たち:People who Use Drugs

    この学会では当事者たちは、薬物使用がある人(People who Use Drugs)という表現を選択しています。世界のさまざまな国からその当事者たち、そして当事者たちと連帯する人たちが来ています。一方で、ハームリダクションがまったくない国もあるので、参加者がほとんど来ない国ももちろんあります。日本から参加する人も、いつもほんの数人という感じです。

    当事者のなかには、なにかしらのクスリをいま使用している人がいるでしょうし、そのペースが割と頻繁ということもあれば、かなりスローということもあってもいいでしょう。すごくよく使っていた時期もあったし、ここしばらく(もしかしたら何年も)使用がない、という場合もあるでしょう。1回になにをどれくらい使うか、どういうスタイルで使うかというのも幅広いはずです。

    少なくともこの場では自分自身のことを誰かに紹介するとき、People who Use Drugsと言っていて、たとえば依存症者やアディクトと表現していることを聞いたことがありません。とはいえ、もちろん、その人ごとに個人のなかのアイデンティティとして、そう捉えていることは十分にあり得ます。

    photo by Harm Reduction Tokyo
    今回の学会で配布されたグッズや資料など

    個人はNAメンバー、活動分野はハームリダクション。そういう当事者も

    こういう海外の当事者たちにも出会うことがあります。自分自身はNAのメンバーで、薬をやめたいけどやめられないという仲間をこれまでにNAに誘ってみたけど来なかった(もちろん、誘って一緒に参加した仲間もいたはずでしょう)。そのなかで、命を失った仲間もいたし、一方で、ハームリダクションのサービス(注射器交換とか)を利用している仲間たちがいることも知った。それで、(NAのメンバーであることをやめるわけではなく)自分が仲間のためにできることとして、ハームリダクションのサービス(注射器交換など)を提供する団体で活動するようになった。

    ハームリダクションのサービスを提供している場所では、少しでも安全に使ったり、少しでも健康でいられるように当事者向けのサービスが提供されます。ここの視点では例えば薬物使用がスリップと言われることはないし、否認していると言われることもないし、使っていないことがクリーンと呼ばれることはありません。活動するピアスタッフは(個人のアイデンティティが何であっても)「依存症者」や「回復した人」という立場で関わるのではなく、People who Use Drugsとして関わっていることを学びました。

    回復支援の場では一緒に回復を目指す“仲間”との出会いがあるのだとすれば、ハームリダクションの現場では、少しでも安全に健康的に薬物を使うことを目指す仲間だったり、使っている、やめることを考えていない(考える必要がない)ときに孤立しないで “仲間”たちと出会うことができます。どちらかが正しいとか間違っているということじゃなく、世の中に万能なアプローチというものはあり得ないので、豊かな選択肢が揃っていることが重要だと気付かされます。

    photo by Harm Reduction Tokyo
    これまでに出会ってきた当事者たち&当事者と連帯する仲間たち

    厳罰政策によって分断させられてしまう

    ハームリダクションの活動をしている当事者たちと出会うと、NAメンバーもいたりしてハームリダクションも依存症回復もたくさんの重なりがあるし、つながりを感じます。一方で、その2つを分断させる状況が起きやすいことも痛感します。例えば、薬物使用は犯罪で依存だ、治療が必要で治療は断薬しかない。そうした政策を打ち出すような社会だと、再犯防止や再乱用防止のような名目で、刑事司法が断薬を目指す回復支援と連携するよう、回復支援を取り込んでいきます。そうした事業には予算をつけるけれど、ハームリダクションを含むそれ以外の活動には予算がほとんどつかないということが起こります。その結果、断薬を目指す回復支援のプログラムや人材育成がどんどん拡大していき、それ以外の豊かな回復支援やハームリダクションは力を奪われていきます。自分でお金をかき集めなければいけなかったり、理解のある人材が集まりにくくなったりします。国家の政策的な思惑によって、当事者たちの活動が分断されている、そう思えるのです。世界中のさまざまな国や地域でこうしたことが起きていると、学会に参加するなかで教えてもらいます。だからハームリダクションは分断を引き起こすような政策(おもに厳罰的な政策)の改革も、重要な柱のひとつになっています。

    当事者中心のエピソード:会場のそばに期間限定のシェルターが

    これは前回(2019年)のポルトガルでの学会開催中のことですが、あるハームリダクションの団体が、会場の近くに、女性の当事者たちのためのシェルターを期間限定で開きました。学会には世界各国から当事者たちがやってきます。そこで、その期間、安全に安心して薬物を使用することができる場所を開きました。そこにくれば、ピアスタッフがいて、安全に注射したり吸引したりできるスペースや、くつろいだりおしゃべりしたりできるスペースを整えていました。このシェルターを開いた団体もまた、薬物使用がある女性たちが中心になって活動しているところでした。

    photo by Harm Reduction Tokyo
    ポルトガルの学会中に開設された女性のためのシェルター

    当事者が語るエピソードはハームリダクション

    この学会では「依存症の回復」について誰かが語るということはありません。そのための場ではないことは、すでに書いてきたとおりです。当事者がエピソードを語る場面があるとしたら、それはハームリダクションがあったから、薬物を使うなかで感染症の予防ができたこと、孤立することがなかったこと、(差別や偏見の強い社会のなかでも)生き延びることができた、そうしたことは語られることがあります。

    「薬物使用」を話す場所だから、治療の話にならない

    学会では薬物依存症の治療について語られることはありません。中心にいるのは薬物使用がある当事者たちであり、当然に当事者=患者とはなりません。ハームリダクションについて語る際に、精神科医が登壇することはありません。当事者のメンタルヘルスをケアするというサポートは重要視されていますので、当事者中心の精神科医療を求める声はもちろんあがります。この学会で発信しているメッセージは、当事者の復権であり、脱植民地化なのです(前回の報告に記しました)。ハームリダクションを主導するのは当事者に他ならない、ということです。

    学会では当事者たちと連帯するさまざまな援助職者たちや研究者たちが来ていますし、当事者で援助職などの専門性をもっている人たちともたくさん出会います。当事者性の有無に関係なく、援助職という立場で参加したり発表したりすることが多いのはソーシャルワーカーという印象が強いです。ソーシャル(社会的)な課題に取り組む人(ワーカー)だから、そういうことも十分に考えられます。そしてもうひとつは、人権活動に関わる弁護士たちです。司法・保健・福祉などさまざまな分野で薬物使用がある人の権利が蔑ろにされることに対して、戦っています。

    こんなエピソードも紹介したいです。前回のポルトガルでの開催時に、その活動が表彰されたのはウクライナで活動するNGOでした。しかしながら、表彰を受ける予定になっていたメンバーが、その活動のせいで(ハームリダクションに否定的な)自国で勾留されていたため、参加できない状況にありました。その後、国際的な支援を受けてようやく本人は拘束が解かれ、4年後の今回の大会にて、同国で他に活動する仲間たちと一緒にステージにあがりました。

    photo by Harm Reduction Tokyo
    ウクライナで当事者を中心にして活動するメンバーたち

    学会でよくでるトピック

    今回の学会ではこのようなトピックが取り上げられていました。ほとんどは今回に限らず最近フォーカスされてきているものとも言えます。

    • 薬物を使うことがある人たちのためのHIVやC型肝炎の感染予防やケア
    • 事故的な過剰摂取による心不全などの急性的な症状への介入や支援
    • 薬物を使用することがある女性たちが、暴力加害や差別・偏見にどう抵抗するか
    • LGBTQコミュニティを中心に薬物使用&セックス(通称 Chemsex)における性感染症やメンタルヘルスの予防やケア
    • ハームリダクション(当事者の権利なども)におけるピア活動の発展
    • コロナ禍においてどうやってハームリダクション活動を維持・発展させてきたか
    • 刑事司法手続きのなかで蔑ろにされる当事者の権利をどう守るか
    • 薬物使用=薬物依存、あるいは薬物使用は医療の問題、司法の問題という偏見をどう解消し、当事者中心の政策にどう転向していくか

    いろんな脆弱性がある当事者たちが安心できる場所

    学会というスタイルですけれど、雰囲気はとてもカジュアルです。登録費を払えば誰でも参加できます。服装だって、スーツ着ていたり、ネクタイ締めている人はそうそういません。たまにいるのですけれど、その場合はおおよそどこかの国の政府職員と推測できたりします。そのくらい、ほとんど見かけないのです。

    photo by Harm Reduction Tokyo

    当事者たちのなかには、女性であること、LGBTQであることでよりいっそうピア中心の積極的な活動を実践している人たちも多くいます。ですので学会自体がLGBTQコミュニティの視点、LGBTQとも連帯するフェミニズムやジェンダー視点を尊重していることがあちらこちらで感じられます。例えば、メイン級のイベントの登壇者が(薬物使用がある当事者中心の場において)全員男性となることはまずないです。全員が女性ということはあります。登壇する男性たちも、上から目線みたいな印象を受ける人はまずいません。立場が高い人でも(だからこそ)謙虚さと聡明さ、公正さを感じます。

    フェアでフラットな場所

    この学会の場にいると、いかにフェアでフラットな場づくりがなされているか、ひしひしと伝わってきます。当事者たち、当事者と連帯する人たちは自分たちが尊重されていることを感じられるし、だから他の人たちのことも尊重します。私の勝手な解釈ですけれど、それぞれ自国に戻ると、こことはかけ離れた状況のなかで必死に取り組んでいかなければならない、だからせめてここにいる間は、今日までやってこれたことをお互いに讃えあいたい、そして自国の社会が変わっていくまで、ともに歩んでいきたい、そういう思いに包まれているように感じます。

    日本ではなかなか触れることができない当事者中心のハームリダクションについて知ってみたい、感じてみたいという方、男性ももちろんですけれど、女性やLGBTQのコミュニティで活動されている方も、こんなふうに薬物使用がある人たちを尊重している温かな場所があると感じていただけるのではと思います。次回は2年後の予定です。ぜひご検討を!もっと詳しく知りたいという方はご遠慮なくNYANまでお問い合わせくださいませ。